有限の意思力、複利が効く時間

「意志力は有限な資産である」

この言葉を初めて聞いたとき、私は妙に腑に落ちた感覚がありました。毎朝ひとつ、自分の中に気力の玉が支給されるイメージです。朝起きた瞬間には満タンでも、何かを決断したり、気を使ったり、迷ったりするたびにすり減っていき、夕方にはカラッポになってしまう。あとはただ、惰性で一日が終わっていく——そんな感覚、誰しも一度は経験があるのではないでしょうか。

実際、これは生理学的にも裏付けがある話で、人間の自己コントロール能力(意志力)は、筋肉のように使えば消耗するという研究もあります。だからこそ、重要な決断は午前中に済ませたほうがいいという話があるわけです。

医師が語る「気力の限界」

とある医師から聞いた話が印象に残っています。

「がんの告知は、一日二人が限界だ」

時間的にはもっと多くの患者さんに対応できそうですが、がんの告知という行為は、単なる作業ではなく、相手の人生を左右する重みのあるやり取り。そこで一気に気力を使い果たしてしまい、あとは何をしても空っぽのままなのだそうです。

私たちは職業柄、数字や制度と向き合うことが多いですが、「誰かの人生に関わる一言をどう伝えるか」という仕事もまた、尋常ではないエネルギーを要するのだと改めて気づかされます。

スマホが奪っているもの

ところで、皆さんの今日の“気力の玉”は、何に使われましたでしょうか。

私自身、スマートフォンはよく使います。調べ物をしたり、SNSでつながった方々との交流が生まれたり、便利さは疑いようがありません。でも、気をつけなければいけないのは、その便利さの代償として、自分の「意志力」や「時間」が静かに削られているという事実です。

スマホを手に取るとき、私たちは“決断”をしています。

・通知を見るかどうか
・次の投稿をスクロールするかどうか
・その記事を読むか、スルーするか

些細な行動のように見えて、これらはすべて「意思決定」です。そしてそのたびに、気力の玉は小さくなっていきます。

気づけば、やろうと思っていた作業は後回し。読もうと思っていた本も開かずじまい。あれ、なんでこんなに疲れてるんだろう?という気分の正体は、意志力の消耗にあるのかもしれません。

なお、この気力の玉は一晩スカッと寝ないと満タンまで回復しません(私の場合)。

あなたの時間は、もう“誰かの売上”になっている

これは少し背筋が寒くなる話ですが、私たちがスマホを眺めて過ごした時間は、すでに“誰かの売上”として記録されているとも言えそうです。広告ビジネスとは、言い換えれば「人間の注意力を商品化する産業」です。つまり、画面を見ているその時間、私たちは無料で自分の“注意”を誰かに提供しているのです。

独立を控えた今、この事実がますます身に染みます。

会社に勤めていたころは、少なくとも「勤務時間」という囲いの中で守られていた時間がありました。ところが、独立したらもう誰も時間を管理してくれません。主導権を握れなければ、誰かのビジネスの“電池”みたいなものとして、ただ消耗するだけの存在になってしまうのです。

時間にも“複利”がある

資産運用の世界でよく言われる「複利の力」。これはもちろん、金銭的な投資に限った話ではありません。時間にも、同じように複利が効きます。

たとえば、今日の15分を読書に充てた人と、SNSをなんとなく眺めた人。その違いはその日だけ見ればわずかでも、1年後には驚くほどの差になって現れます。知識、語彙、視点、判断力。すべてが「時間の積み上げ」によって育っていく。

1日15分でも、5年間で約456時間。それだけあれば、一冊の本を書き上げることも、難関資格に合格することも可能です。

そして、その積み重ねの決済通貨が、「意志力」なのです。

中年こそ、時間の複利を味方につける

私は今年で39歳。国税の職場を離れ、税理士として独立するという、ある意味で“第二の人生”を歩み始めようとしています。これまでの知識や経験に支えられているとはいえ、ゼロからの挑戦です。

この年齢になると、体力的な面でも、吸収力の面でも若い頃のようにはいかないのかもしれません。ただ、それを補ってくれるのが「積み重ねる力」であり、「時間の複利」だと思っています。

毎日の15分が、半年後、1年後、3年後の私を支えてくれる。今の自分を守ってくれるのは、未来の誰かではなく、“過去の自分”が積んだ時間です。

最後に

意志力は有限な資産であり、時間は積み立てることのできる資産です。

この二つの性質に気づいたとき、ようやく私は「本当に大切なことに集中する」という感覚が少しだけ掴めるようになってきました。何かを成し遂げたいと思うなら、スマホに時間を捧げる前に、自分に問いかけてみる。——いま、この瞬間、自分の気力の玉をどこに投下するべきか?

自分自身にとって価値ある未来のために、時間と意志力を少しずつ、でも確実に、投資していきたいと思います。

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