勤めていた頃は、だいたい6時間〜7時間で勝手に目が覚めていました。目覚ましが鳴る前に起きる日が多く、睡眠時間はそのくらいが自分の標準だと思い込んでいました。
よく「年を取ると長く眠るのにも体力がいる」といった話があります。自分もそれを半分くらい信じていて、長く寝られないのは年齢や体質のせいなのだろう、と納得していました。仕事が忙しいから短くなっているというより、そもそも長く眠れないタイプなのだ、と。
ただ、独立してからこの前提が崩れました。出社がなくなり、時間の組み立てを自分で決められるようになった途端、毎日8時間くらい寝るようになったからです。何もしないと8時間寝てしまう、というより、8時間寝たほうが普通に調子が良い。ここまで変わると、「年のせい」という説明より、「出社があるかないか」という条件のほうが効いていたのではないか、と思えてきました。
「適切な睡眠時間」は、知識を入れても結局むずかしい
睡眠時間が伸びたのは分かりやすい変化ですが、ここで改めて思ったのが、睡眠という分野のむずかしさです。運動や食事は、やることが比較的はっきりしています。運動なら頻度・強度・種目の組み合わせを考える。食事なら量や栄養のバランスを整える。もちろん奥は深いですが、「何をどどの程度」が見えやすいです。
それに比べて睡眠は、アートというかグラデーションです。睡眠時間は測れますが、問題になりがちな「睡眠の質」は抽象的です。質が良かったのか悪かったのか、朝の気分や日中の眠気で何となく判断するしかない場面が多い。しかもそれが、仕事量やストレス、運動、食事、気温、光、音など、いろいろな要素と絡み合って動きます。
さらにややこしいのは、一般論がそのまま自分に当てはまるとは限らないことです。たとえば寝具の硬さについて、硬い床に近い環境でも、ふかふかのベッドでも、睡眠の質に差が出ないという研究がある、と聞いたことがあります。もしそれが本当なら、寝具にこだわることはあまり意味がない可能性もあります。一方で、寝具を変えたら明らかに体調が良くなった、という人もいます。
枕も同じです。そもそも枕は必要なのか、必要だとして高さはどのくらいが良いのか。理屈で正解が出そうで、実際は個人差が強い。睡眠は「これをやれば誰でもこうなる」が出にくい分野だと感じます。
退職後に「寝られるだけ寝た」ことが、いったんの基準になった
独立して税理士登録するまでの間、寝られるだけ寝る生活をしていました。気が済むまで眠って、自然に起きる。すると、しばらくして睡眠時間が落ち着いてきました。最近は8時間前後がデフォルトになってきています。
この経過を見ていると、自分の場合、勤めていた頃は「足りない睡眠を常態化させていた」可能性があります。いわゆる睡眠負債という言い方がありますが、あれが解消されて、ようやく体が必要とする量が表に出てきた、という整理がしっくりきます。
量が確保できたので、次は「質」をどう扱うか
睡眠の量は、独立によってある程度確保できるようになりました。そうなると次は質です。ただし、質は抽象的で、主観の混ざり込みも大きい気がします。
そこで自分が考えたのは、「測れる範囲だけ測って、解釈は控えめにする」という方向です。睡眠スコアのような指標を使うのは一つの手だと思います。スコアが絶対に正しいとは限りませんが、少なくとも自分の感覚だけよりは比較がしやすい。寝る前の行動を少し変えたときに、翌朝の体感とスコアがどう動くかを見れば、仮説検証の形になります。
ただ、ここでも「やりすぎない」が大事だと思っています。睡眠の質を気にしすぎて、かえって眠れなくなるフォビアに陥るということもあるそうです。測るのは手段で、目的は日中の調子を安定させることです。
独立して睡眠が8時間になったことにより、年齢や体質の問題だと思っていたことが、環境の問題だったかもしれないと気づけたという出来事でした。
睡眠は大事ですね。
私は今日も22時頃には寝たいと思いますので今日はここらへんで。

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