節約する、倹約するというのは、多くの人にとってのテーマだと思います。ただ、お金はただ貯めるためにあるのではなく、何かと交換するための手段です。自分にとって価値のあるものには出し惜しみせず、そうでないものは極力削る。その判断を積み重ねていくと、自分なりの「けちる・けちらない」の軸が自然に見えてきます。今日は、そんなお金の使い方について自分の考え方を整理しました。以下は私の個人的な意見です。
住宅費は「流動性」で見る
まず大きな支出として住宅費について。
私は今のところ、戸建てに住みたいという欲求はあまりありません。その理由は、家族の人数やライフステージによって「最適な広さ・場所」が変わると考えているからです。
私自身、兄弟は居ないので、実家の両親が亡くなったら実家の土地建物は私に帰属することになります。実家とは別に私名義の土地建物が新たにほしいかと言われれば、あまりほしいとは思いません。今のところはです。
また、自分の実家での経験から思うのは、「使わなくなったスペース」は維持コストだけが残るということです。実際、私の子ども部屋が稼働していたのは10歳~22歳の間だけで、それ以降今までずっと空きスペースになっています。このスペースに対応する固定資産税も毎年かかります。
そう考えると、そもそも固定資産税がかからない賃貸でダウンサイジングや住み替えができる方が合理的だと思ってしまいます。
なお、東京生まれの私にとって、仮にコスト減を目論んで地方移住をしたとしても、その地方に長く住んでいらっしゃる方々から迎合される未来があまり想像できないです。
お金を惜しまないのは「時間が買えるもの」
けちらないと決めている代表は時短家電です。ドラム式洗濯乾燥機(洗剤自動投入)、食洗機、ホットクック、ロボット掃除機…。いずれも導入してみて「もっと早く買えばよかった」と思えるものばかりです。時間は取り戻せない資源であり、お金よりも貴重だと考えています。
また、読書も大切な投資です。図書館を活用しつつ、気に入った本は紙でも電子でも購入しています。インプットは一見コストに見えますが、行動や思考にリターンがある限りは支出ではなく投資だと思っています。
見栄の出費は切り捨てる
逆に、「けちってよかった」と感じるのは見栄のための支出です。車もその一つで、サラリーマン時代に税引後の手取りから維持費・車両費を出す不合理さを覚えました。今も子どもが小さいうちは車なしで生活する予定です。
また、結婚式をリアル開催ではなくドラクエX内で済ませたことも象徴的です。かけたお金ではなく、納得感と記憶の濃さが満足度の決め手だったと思っています。モノよりコト、自己満足より内的納得が支出の判断基準になってきました。
再現性のない快楽か、将来の資産か
私の中で「けちる」「けちらない」を分ける基準は明確です。
- けちるべき支出:見栄、虚飾、短期的な快楽だけを求めた消費
- けちらない支出:時短、再利用可能なスキルや知識、人間関係や経験、健康の維持
プレゼントや思い出に残る体験にはお金を惜しまない一方で、借金をしてまで買うものには慎重です。たとえば住宅ローン控除は「お得」に見えても、借金をしなければそもそも払わなくていい金利というものを払っていて、それが税の恩典により0円になっているという考え方もできます。医療費控除も、戻ってくる金額よりも「病院に行かずに済む一年を過ごすこと」の方が本質的には得だと思っています。
税引き前のお金に手を突っ込む
所得税や法人税の税引き前のお金に手を突っ込めるのが個人事業主だったり、法人経営者だと思います。たとえば車や住宅をはじめとする各種支出について
・どんな事業であれば、どんな費用がかかるか
・その費用について事業関連性がどの程度説明できるか
・費用の観点から逆算して考えるビジネスモデル
こういう視点があると、ビジネスだけでなく、生活にも応用が利く気がします。


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