世間的にはあまり評価されていないのに、自分には刺さる。あるいは、駄作扱いされている映画や本が、なぜか強く印象に残っている。そういう経験は、たぶん多くの人にあると思います。
自分にもあります。むしろ、その経験が後から振り返ると案外大きかったと思います。
高3の1〜3月、時間を持て余してBOOKOFFに通っていた
自分は中学から大学まで、いわゆるエスカレーター式の学校に通っていました。大学受験がない分、高3の1月から3月にかけて、時間を持て余していました。
そこで当時の自分が通っていたのがBOOKOFFでした。100円で投げ売りされている自己啓発書の類を立ち読みして気になったものは買って読む。今思うと、かなり寂しい過ごし方ですね。
内容は、だいたい想像どおりです。「10代のうちにやっておけ」系、海外のよく分からない例えが多い本、勢いで押し切る精神論。9割くらいは「100円で売られている理由が分かる」という感想で終わりました。ただ、1割くらいは妙に役に立つ本が混ざっている。そこが古本棚の面白いところです。
クソ本の中の一行が、行動だけは変えてしまう
その「1割」のさらに中に、強烈に記憶に残っている一節があります。題名も著者も覚えていません。今なら、たぶん「クソ本だった」と言ってしまう本です。断定口調で、上から目線で、読んでいて気分が良いタイプではありません。
ただ、その本の中にこういう趣旨の一文がありました。
「まず時間を作って暇を作れ。暇ができたら映画を100本観ろ。そしたら人生が変わる。」
もちろん根拠はありません。映画を100本観たから人生が変わる、という保証もない。変わらなかったからといって、誰かに文句を言う話でもありません。でも当時の自分には、その断言が刺さりました。理屈ではなく、スイッチの入る言い方だったのだと思います。
「信じる」というより「とりあえずやってみる」ことにしました。内容の質が低くても、一行だけ行動を引き出すことがある。これは、良し悪しというより現象として覚えておきたいところです。
まず困るのは「何を観るか」で、そこでサイトに辿り着く
よし、大学入学までに映画を観まくろう、と思いました。とはいえ、最初に詰まるのはここです。何を観ればいいのか分からない。映画100本という目標は立ったのに、リストがないと動けません。
そこで当時、インターネットで探して辿り着いたのが次のサイトです。
キネマの見地
http://www.fayreal.com/fayreal/cinema/
更新は2013年で止まっているようですが、まだ残っていることに感動しました。自分がこのサイトを見つけたのは2005年の1月頃だったと思います。レビューをざっと眺めて、面白そうだと思った映画を片っ端から借りていきました。
今のように動画配信が整っていない時代なので、借りるという行為自体に手間がありました。その手間がある分、一本一本の密度が高い。観て、考えて、次を探す。この繰り返しに没頭していた記憶があります。
「映画を観た時間」が、その後の人生の1%くらいを作っている気がする
2005年1〜3月の、圧倒的に映画に没頭した時間は、今の自分の人生の1%くらいを構成していると言えるかもしれません。1%というのは適当な言い方ですが、「自分の中の基準の一部になっている」という意味です。
特に、そこで知った『ショーシャンクの空に』は、今でも年1くらいで観返したい映画です。主人公アンディに、自分を投影してしまう部分があります。ショーシャンク刑務所…ではなく、国税の職場から離れて独立した今、高校生の時に観たときよりも深い味わいがありそうです。
そして、ここまでの流れの起点が「100円の自己啓発書」だった、というのが自分にとってのポイントです。普通に考えると、雑な本に人生を動かされるのは癪ですが、現実にはそういうことが起きます。
酷評レビューを見て「それでも自分には効いた」と思えた
後日、その本をAmazonのレビューで見かけたことがあります。まあ酷評されていました。断言口調が不快、上から目線で無理、という感想が並んでいた記憶があります。たぶんその評価は妥当です。自分も今なら、同じように感じる可能性が高いです。
それでも、当時の自分には刺さった。そして、行動が変わった。結果として、ほんの少し人生が変わったかもしれない。ここに「世間の評価」と「自分に効く」のズレがあります。
自分がこの話を覚えているのは、良い本に出会ったからではなく、評価の低いものから意外なルートで良い体験に繋がったからです。世間の評価は参考になりますが、最終的には「自分が何を始めたか」のほうが大事だと、あの時の体験が教えてくれました。

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