2026年は、六十干支(60年で一巡する干支)の「丙午(ひのえうま)」に当たります。国立天文台の暦資料でも、令和8年(西暦2026年)の年の干支が「丙午(ひのえうま)」であることが示されています。
「ひのえうま」と聞くと、「気性が荒い」「結婚に良くない」など、特に女性に向けた嫌な言い伝えがセットで語られがちです。
2026年生まれの子の親になる立場として、こういう言い伝えにも敏感に反応してしまう自分がいます。マイナスのニュアンスの迷信はあまり気にしないようにしています。一方で、神社にお参りに行ったり、縁起物を楽しんだりといった“良い意味での験担ぎ”は、生活の張りとして取り入れても良いと思っています。
「ひのえうま=出生が減った」は本当か
1966年(昭和41年)は前回の丙午で、この年の出生数は前年・翌年に比べて大きく落ち込みました。厚生労働省の人口動態統計の年次表では、1965年が1,823,697人、1966年が1,360,974人、1967年が1,935,647人という並びになっています。
当時の社会に迷信が広がり、妊娠の時期をずらす人が増えた結果として出生数が減ったようです。実際、この出来事は日本の人口構造に“くぼみ”として残るほどで、迷信が社会行動を動かした例として紹介されています。
「気性が荒い」という言い伝え
「丙午生まれの女性は気性が激しく、夫を不幸にする」といった言い伝えは、内容自体が偏見です。しかも、個人の性格や人生を“生まれ年”で決めつけるため、当事者にとっては理不尽なラベルになります。迷信は、信じる・信じない以前に、誰かを不当に不利にする形で残ってはいけないと考えます。
一方で、縁起物や参拝のように、自分や家族の気持ちを整える方向に働く習慣まで否定する必要はないと思っています。いいとこ取りだけしていきたいですね。
八百屋お七とは何か(なぜ丙午と結びつくのか)
丙午の迷信を語るときに、よく名前が挙がるのが「八百屋お七」です。江戸時代、火事で避難した寺で出会った寺小姓(お寺の少年)と恋仲になった娘(ひのえうま生まれ)が、もう一度その寺で会いたい一心から放火し、捕らえられて火あぶりの刑に処された、という筋立てで広く知られています。
この物語は版本や記録、脚色の有無で細部が揺れます(恋人の名前や人物関係など)。ただ、「恋が引き金となり、火を放ってしまった若い女性」というイメージが強く残り、丙午の年に対する不安や偏見と結びつきやすかった、というのが大枠の理解です。
メンヘラ彼女みたいな感じですかね。っと言いつつメンヘラ彼女というワーディングもちょっとおじさん感が出てきたんですが令和の時代は何ていうんでしょうか。病み系?地雷系?
2026年をどう迎えるか
2026年が丙午であること自体は暦の事実ですが、子どもに「生まれ年で人格が決まる」などと背負わせる必要はありません。むしろ多くの親は、根拠のない決めつけから自由に育ってほしいと思うでしょう。
そのうえで、家族の節目に神社へ行き、無事を祈る。お守りを手にして気持ちを整える。そういう良い意味の習慣は、スカッとした気分で採用すればいいのです。
そういえば、今年は府中で過ごす始めての年。
街には大國魂神社帰りの人を見かけつつも、しばらくの間は混んでいそうなので、もう少し落ち着いたら初詣に行きたいと思います。こっちは良い意味の習慣ということで。


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