子どもの頃の年末年始は、母方の祖父母の家で過ごすことが多かったように思います。
埼玉の祖父母の家は車で1時間少々の距離で、昼を食べてから向かい、お茶を飲みつつ雑談をする。そうすると、自然な流れで父親と一緒に銭湯に行く、というのが定番でした。
年末の銭湯で体を洗って湯船に浸かると、妙に一年が終わる感じがして、今でもその感覚は体に残っています。年末になると理由もなく「銭湯に行きたい」と思うのは、その頃の記憶が影響しているのかもしれません。
銭湯から戻ると、家では親戚が集まり、小さな宴会が始まります。テレビは紅白歌合戦がついていました。ただ、幼少期の私は紅白にあまり魅力を感じておらず、途中で中抜けして、別の部屋に置いてあった小さなテレビで大晦日のドラえもんSPを一生懸命観ていました。
紅白を観ている大人たちの声が遠くに聞こえる中で、ドラえもんに没頭していたあの時間も、今思い返すと楽しい記憶です。
社会人になって、年末年始は一人で過ごすことが増えた
社会人になってからの年末年始は、本当にさまざまでした。
職場の同期は実家に帰省することが多く、結果として一人で過ごす年末年始も少なくありませんでした。
その中でも印象に残っているのが、ニコニコ動画にゲーム実況動画を投稿していた年末です。
実況動画の作り方を一から調べ、秋葉原に行ってマイクやキャプチャーソフトを買い揃え、どうにか環境を整える。動画編集は、確かWindowsに最初から入っている編集ソフトを使っていました。
アップロードしてみると、動画と音声にズレが出たりして、なかなか思うようにいきません。どうすれば直せるのか調べて試して、またアップロードする。その試行錯誤を繰り返すうちに、少しずつ作品が増えていきました。
再生数はほとんど伸びませんでしたが、たまにコメントが付くと、それだけで嬉しかったのを覚えています。
今でもその動画はニコニコ動画に残っていて、たまに見返します。
今思えば、あれはコンテンツ作りの原点のような時間だった気がします。
旅行や消費型の年末は、過程が一番楽しい
年末年始に台湾へ行き、台北101のカウントダウンに参加したこともありました。
あれはあれで楽しい経験でしたが、振り返ってみると、海外渡航申請を出したり、旅行の計画を立てたり、カウントダウンに向けて準備をしている過程が一番楽しかったようにも思えます。遠足の前日が一番楽しい、というのと少し似ているかもしれません。
30代に近づくにつれ、一人でお酒を飲んで、24時を待たずに寝てしまう年末も増えていきました。悪くはありませんが、一人で遅くまで飲んで起きていても、それ以上良いことはあまり起きない。そう感じるようになり、気づいたら早めに寝ている、という年末が多かった気がします。
結婚後の年末と、今年のノンアル年末
結婚してからは、妻と紅白を観ながら麻雀をしたり、桃鉄をしたりして年末を過ごすことが増えました。
この過ごし方の一番いいところは、気を遣わなくていいところだと思います。
ただ、ついついお酒を飲みすぎて、手もとがあやふやになり、桃鉄ではボンビラス星から戻れなくなる、ということもありました。その経験から、年末年始は過度な飲酒は避けつつ、ほどほどに楽しむのが一番だな、という教訓を得ました。
そして今年の年末は、久しぶりにノンアルコールで過ごす年末になります。
だからこそ、子どもの頃、親戚が集まって、お酒がなくても十分に楽しかったあの小宴会の雰囲気を、自然と思い出します。
そういえば、PRIDE男祭りも好きだった
年末年始の過ごし方は、年齢や環境によって少しずつ変わってきました。
先ほどYouTubeで、20年ほど前の「PRIDE男祭り」のオープニング映像を見て、大学生の頃の年末年始の空気をふと思い出しました。そこから、これまでの年末の過ごし方を振り返りながら、区切りとしてこの記事を書いています。
こうして過去を一度整理し、静かに節目をつける時間を持てたのは、悪くない年末の過ごし方だったと思います。
このあとは、PRIDE男祭りのオープニングでも使われた映画『座頭市』のエンディング曲「Festivo」を流しながら、もう少しだけ執筆を続けます。


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