性別が判明したことで、いよいよ「名前を考える」というフェーズに突入しました。出産まではまだ先ですが、いざ考えようとするとこれがなかなか奥深い。世の中のご家庭は、どういうプロセスと、誰の意思決定で名前を確定させているのか。まずそこが気になるところです。
「パパが決めた」「ママが決めた」「両方の意見を擦り合わせた」「候補を持ち寄った」「字画」「響き」「ご先祖から引き継ぐ」など、あらゆるスタイルがあるのでしょうけれど、共通点は一つあると思っています。この名前は、親として迎える大きな初仕事であるということです。
私の名前の話(誰も興味ない)
話は脱線しますが、私は「直(なお)」という名前で、父方の祖父が名付けてくれたと聞いています。
由来は、山梨にある株式会社大直(おおなお)という和紙の会社(今も変わっていなければ代表取締役は私の叔父だったと思います)。
大直から一文字いただき、「直なんとか」で候補を出したものの、検討の末に何も付けずに「直」だけで決まったそうです。
当時は「へえ、そうなんだ」くらいの感想で、深く考えたことはありませんでした。ただ、今回あらためて大直の由来を調べてみたところ、想像以上に色々と意味が込められていて驚きました。
・書院紙の等級の中で最上級
・『古事記』に登場する「大直毘神(おおなほびのかみ)」
・「凶事を吉事に変える」力を持つ神
・老子の言葉「大直は屈するがごとく」
→ 本当に真っすぐなものは、一見すると曲がって見える
なんだかすごい。
知らないうちに、格好いい意味が大量に背負わされていた。
名前のルーツを調べてみると、小さなドラマが潜んでいて、思わず胸アツ展開になりました。自分の名前ですらこうなのだから、子どもの名前を考える責任と重みを、改めて感じるようになりました。
名前を決めるときの、我が家の仮方針
妻と色々話しているうちに、なんとなく方向性が見えてきました。少なくとも現時点では、このあたりが基準になりそうです。
・誰でも読めること
・表記ゆれが少ない漢字
・小学校で習う常用漢字で完結する
・Google検索で同姓同名が普通に存在する(これは私の意見)
この「Googleで同姓同名が出てくる」というのは、少し変な条件かもしれません。特別な名前は唯一無二で印象的ですが、同時に情報社会においてはリスクにもなりえます。検索したら一瞬で個人に紐づく可能性がある。目立ちすぎず、埋もれすぎずの絶妙なラインを探りたいと思っています。
万葉集からインスピレーション?
妻は図書館で万葉集と新古今和歌集を借りていました。国文科の血が騒いでいるのでしょうか(※実際には違うかもしれません)。ただ、古典から名前の種を拾うというのは、とてもロマンがあります。
万葉集由来の名前というと、私の勝手なイメージでは、年配の方のネーミングライツに多い印象がありましたが、あらためて読み解くと
・自然への眼差し
・季節感
・生命力
・情緒豊かな漢字
など、時代を超えて愛される理由があるように思います。
令和という元号そのものも万葉集由来ですし、和歌の世界から名前を拾うのは、現代でも決して古風すぎるわけではないのかもしれません。
ただし、「なんとなくカッコいいからこの漢字!」という勢い任せは避けなければなりません。あとあと意味を聞かれたときに、ちゃんと説明できることが親としての責務だと思っています。
発散フェーズは楽しいが、時間は有限
今は候補をあれこれ出しているとはいえ、きっとあっという間に時間が過ぎていく。
生まれる日が来たとき、病院の提出期限に追われながら慌てて命名、というのは避けたいところです。
そして何より、
その名前で生きていくのは子ども本人。
だからこそ、
「この名前でよかった」
と思ってもらえるようなものにしたいと思っております。
最後に
名付けという行為は、親が子へ送る最初の贈り物です。
まだ見ぬ未来へ向けた、限りない期待と愛情をこめて。
同時に、名前はその人の人生とずっと寄り添い続けるものでもあります。
どんな名前になるにせよ、
誠実さや優しさ、
誰かを大切にできる強さを持つ人になってほしい。
そんな願いを込めつつ、名付けにあれこれ楽しく悩みつつ日々を過ごしていこうと思います。


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