なんだかんだで、ブログは毎日更新を続けています。
別に「毎日更新しなければならない」という強い信念があるわけではありません。ただ、国税OB税理士として独立している先人の中で、いわゆる“うまくいっていそうな人”を見ていると、毎日ブログを書いているケースが意外と多い。その姿を見て、「まずはやることを合わせてみよう」と思った次第です。
もちろん、毎日ネタが湧いてくるわけではありません。
むしろ、その日の夜になって「今日は何を書くか」と悩むことのほうが多いです。それでも、不思議なもので、締切ギリギリにひねり出した文章のほうが、自分でも「これはなかなか悪くないことを書いているな」と思えることがあります。
書けなければ翌日に回す、ではなく、なんとかその日に書き切ろうとする。そのラストマンシップが、思考を一段深いところに連れていってくれている気がしています。
思いつきは、ジムと紙のノートから生まれる
毎朝ジムに行くのが習慣になっているのですが、ブログのネタは意外にも、トレーニングの合間にふっと浮かぶことが多いです。
移動時間やレストの時間に、頭をよぎった考えをトレーニングノートに書き留める。それだけのことなのですが、これが自分には合っています。
デジタルデバイスよりも、紙とペンのほうが脳みそへの入りが良いという感覚があります。事務所のデスクにもA4の白紙とペンを常に置いていて、思いついたことを殴り書きすることが多いです。決してスマートではありませんが、今のところ紙が優勢です。
消費よりも、生産に寄ってきた感覚
ブログが続いている理由をもう一段掘り下げると、「消費よりも生産」というマインドに、少しずつ寄ってきているのかもしれません。
最近、妻はかぎ編みでベビートイや帽子、手袋などを自作しています。本人にとって、その時間が純粋に楽しいようです。出来上がったものを見ても、子どものためというのもそうですが、作る過程そのものを楽しんでいるのが伝わってきます。
少し前に「発信が貨幣になる」的な記事を書きましたが、毎日書いているこのテキストの塊も、いつか内省や思考の履歴として、思わぬ形で価値を持つことがあるのかもしれない、などと考えたりもします。
コンテンツ制作者としての感覚
毎日書いていると、「コンテンツを作る」という感覚も、少しずつ分かってきた気がします。
おそらくですが、一番のファンは、まず自分自身でないと続かない。そう感じています。
このブログとは別に、紙の日記帳もつけています。そこには、人にはとても見せられないような願望や、壮大すぎる計画(だいたい計画倒れになりますが)が赤裸々に書いてあります。妻にも見せられません。それでも、紙に書くことで、自分の思考が形になって残っていくのは、やはり面白いものです。
ブログも日記帳も、誰かに評価されることが第一ではありません。後から見返したときに、「ああ、当時はこういうことを考えていたのか」と自分自身が楽しめる。そのためのミームの残滓を残している、という感覚に近いです。
変わっていく前提で、書き続ける
このブログでは、あまり税務の専門的な話は書かないかもしれません。
自分のステージが変われば、1年後には育児ブログのようなテイストになっている可能性もあります。でも、その変遷も含めて、一つのコンテンツだと思っています。
まずは自分自身が楽しめること。
その延長線上で、誰かの目に留まればそれで十分。そんな距離感でこれからも書き続けていこうと思っています。


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