コストパフォーマンスについて考える

考え

コスパという言葉が一般的に使われるようになったのは、ここ10年くらいでしょうか。
ただ、私が初めて「コストパフォーマンス」という単語を知ったのは、もっとずっと前、小学5年生の頃です。

当時、夢中になって読んでいたFF7の攻略本『解体新書』
その中の「マトラマジックはコストパフォーマンスに優れたてきのわざである」という説明を読んだとき、初めて“コストパフォーマンス”という言葉を理解しました。

確かに、マトラマジックは序盤でラーニングできるうえ、消費MPが少ない全体攻撃。
ミッドガルエリアのスイーパーカスタムから覚えられ、ミスリルマインでのレベル上げにも大活躍。
敵を一気に薙ぎ払え、アクション時間も短く、まさに「費用対効果」の塊のような技でした。
小学生の私にとっては、あれが“初めて触れるコスパ”だった気がします。

1997年時点で、すでに正しく使われていた言葉

こうして振り返ると、FF7が発売された1997年頃には、すでに“コストパフォーマンス”という概念が自然な形で使われていたわけです。
そしてその本来の意味――投下した資源に対し、どれだけの成果が返ってくるかという考え方――は、今でも変わらず重要です。

しかし、令和になり「コスパ」「タイパ」と言われるようになると、どこか意味が軽くなったように感じます。
なにかと“効率”という言葉がもてはやされ、便利さ・楽さが過度に重視される傾向もあります。

そんな中で、最近読んだ本の言葉が、私の中で強く残りました。

「毎日精一杯頑張る」という、究極のコスパ

私の親友でもあり、X界隈でも有名な株式会社板橋東京中央支店さんが先日出版された
『私文ホワイトカラーがAI・コンサルに仕事を奪われない働き方戦略』
という本があります。

その中で、“コスパ”という言葉について、非常に刺さる指摘がありました。

現在の労働シーンにおいて最もコスパが良い戦術は「毎日精一杯頑張る」ことだったということです

さらに続けて、

「コスパ」という言葉、端的に言えば「楽をしたい」「大変な思いをしたくない」の言い換えで使われているケースがほとんどです。

そして極めつけは、

必要な場面のみ能動的に「昭和」を出せることは、非効率どころか極めて強力な強みたり得ると思います。

これは本当に、心にストンと落ちる言葉でした。

自分の「昭和の時期」を振り返って思うこと

以前、国税職員時代を年ごとに振り返ってブログに書いたことがありますが、その中で、
最も成長を実感したのは、昭和的な“モーレツな働き方”をしていた事務年度だったという気づきがありました。

当時はきつかったものの、あの「猛烈な量」と「猛烈なスピード」で働いた経験が、いまの私を支えている部分は確実にあります。

国税庁という大組織の中で、問題なく働き抜いてきた経験があったからこそ、
「ああ、どのフィールドに行っても、このくらいの負荷なら大丈夫だな」
という感覚が芽生えたのだと思います。

そしてその感覚が、「個人でやってもなんとかなるだろう」という独立への判断にもつながりました。

“免除”のコスパと“努力”のコスパ

税理士登録時研修で講師の方が、こんな趣旨のことを言われていました。

税理士は全ての税目に熟知していなければならない。
受験科目に含まれなかった税法も当然含まれる。
なぜなら、税理士資格を付与されたということは、知らない税法でもキャッチアップできる素養があるということが前提であるからだ。

この言葉は非常に重いですが、本質を突いています。

確かに、国税OBが税法免除で税理士になることは、制度的には“コスパが良い”かもしれません。
しかし、その前提には膨大な経験と、日々の研鑽を積み重ねる覚悟が必要です。

免除という制度自体にコスパの良さがあるのではなく、
「毎日精一杯頑張る」という姿勢を持った人にだけ、コスパが良くなる
――そういう仕組みなのだと思います。

そもそも“効率”とは何か

令和は「タイパ」「コスパ」が最優先される時代だと言われますが、
結局のところ一番効率が良いのは、

ごく普通の努力を続けること

なのかもしれません。

効率の追求ばかりに気を取られると、いつの間にか「楽をする方法」を探すばかりになり、
結局は遠回りになってしまうこともあります。

だからこそ、板橋東京中央支店さんの言葉が響きます。

「必要な場面のみ能動的に『昭和』を出せること」

仕事でも、ここが張りどころだなと感じる時期や、今年の地獄はここらへんだなと思う瞬間があります。そうした局面において、上の人間や同僚に巻き取ってもらうことなく、真正面から受け止め、やり切ることで得られる撃破ボーナスは大きいのだと思います。

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