私は1986年生まれです。この学年には、決まった世代の呼び名がありません。
2000年ごろ、17歳の少年による事件が相次ぎ、「キレる17歳」という言葉が広まりました。当時17歳だったのは1983年前後の生まれです。私はそのとき14歳、中学2年でした。言われた当人ではありませんが、その言葉が飛び交う空気の中で思春期を過ごしています。
一方で、少し下の学年からは「ゆとり世代」と呼ばれます。範囲には諸説ありますが、2002年度に始まった学習指導要領を目安にすることが多いようです。私が中学を卒業したのは2002年3月。新しい教育課程を小中学校で受けずに終わった学年です。
ゆとりの一歩手前。自分の世代を表すなら、そのあたりがしっくりきます。
携帯電話と野球部の新人戦
携帯電話を持ったのは中学2年、2000年のことだったと記憶しています。
その年、私は野球部のエースでした。中学2年生が出る新人戦で勝ち進み、都大会に出場しています。
今年、母校の中学が26年ぶりに、同じ新人戦で都大会への出場を決めました。ところが運動会と日程が重なり、出場しなかったそうです。
OBのグループLINEでは、学校の運営方針に怒る同級生が少なくありませんでした。さすが、キレる17歳の少し下の世代というべきでしょうか。
今週末には、卒業25周年の同窓会があります。その場でもこの話は出るはずです。
なんとなくの進学と、少し不純な職業選び
大学には、正直なところなんとなく進みました。
就職先を考えたときの軸は、主にお金でした。身近な中小企業の経営者(父親)を見て、お金の面で大変そうだと感じていたからです。それなら大企業か公務員がいい。そう考えていました。
ただ、民間の就職活動は不確実な要素が大きいように見えました。面接や景気など、自分ではどうにもならない部分が多いからです。試験の点数で突破できる公務員のほうが、自分には向いていると判断しました。
公務員の中から国税専門官を選んだのは、一番給料が高そうだったからです。今振り返ると、ずいぶん不純な理由でした。
試験勉強の時期には、ニコニコ動画にはまりすぎて合格が危ぶまれました。それでも公務員浪人せずに済み、2009年4月に入庁しています。
好景気の最後に滑り込んだ就職
2009年4月入庁と聞くと、リーマン・ショックの直撃を受けた学年だと思われることがあります。実際は少し違います。
リーマン・ショックは2008年9月です。私たちの学年の就職活動は、多くの場合、その前の比較的景気の良い時期に進んでいました。
採用が厳しくなったのは、少し下の学年からだと一般に言われます。私の実感では、2学年下の2011年卒あたりは、特に民間の就職活動が厳しそうでした。公務員試験も、倍率が少し上がっていたように感じます。
結果として、私は好景気の最後に滑り込んだ形です。運が良かったのだと、今になって感じます。
40歳を前に独立して、同世代を見渡す
16年あまり国税に勤め、2025年に退職しました。同じ年の10月に、府中市で税理士事務所を開いています。
この年齢での独立は、同世代の中では珍しいほうだと思います。管理職として活躍している人がいます。家庭も職場も固まってきて、身動きが取りづらいと感じている人もいるように見えます。
ただ、それを世代で説明するのは無理があると考えています。社会に出てから何を経験し、どんな人生観を育ててきたか。その差のほうが大きいはずです。
実際に会う同世代の友人と、SNSで見かけるアラフォーの声とでは、ずいぶん印象が違います。どちらが実態に近いのかは、私にもわかりません。
今週末の同窓会では、そのあたりも少し聞いてみるつもりです。
