役員報酬の一部を賞与に回すと、社会保険料が安くなる。社長同士の会話やネット上においてもよく見かける話です。
役員に賞与を出すには、事前確定届出給与という仕組みを使います。「いつ、いくら払うか」をあらかじめ税務署に届け出ておく役員賞与のことです(法人税法34条1項2号)。届け出たとおりに払えば、法人の経費になります。
では実際に、どれくらい安くなるのか。年収1,200万円の社長を例に計算してみました。
比べる2つのパターンと前提
パターンAは、毎月100万円を12か月払う形です。パターンBは、毎月20万円を12か月払い、12月に賞与960万円を1回払う形です。どちらも年収は1,200万円です。
会社は3月決算で、協会けんぽの東京支部に加入しているものとします。社長は40歳以上64歳以下で、介護保険料がかかる年齢です。
料率は令和8年度のものを使います。健康保険料9.85%、介護保険料1.62%、子ども・子育て支援金0.23%、厚生年金保険料18.3%です。いずれも会社と本人で半分ずつ負担します。このほか、会社だけが負担する子ども・子育て拠出金0.36%も含めています。
社会保険料は、実際の給与額ではなく「標準報酬月額」で計算します。給与を区切りのよい金額に当てはめたものです。月100万円なら、健康保険は98万円、厚生年金は上限の65万円になります。月20万円なら、どちらも20万円です。
計算すると、差は年115万円ほど
| A:月100万円 | B:月20万円+賞与960万円 | 差額 | |
|---|---|---|---|
| 本人負担 | 1,401,660円 | 832,455円 | 569,205円 |
| 会社負担 | 1,429,740円 | 846,495円 | 583,245円 |
| 合計 | 2,831,400円 | 1,678,950円 | 1,152,450円 |
会社と本人を合わせて、年115万円ほどの差になりました。社会保険料の合計で見ると、約4割減っています。
差を生むのは「保険料がかからない部分」
社会保険料の計算には上限があり、上限を超えた部分には保険料がかかりません。差の正体は、この「かからない部分」の大きさです。
健康保険では、賞与の上限が年度の累計で573万円です。Bの賞与960万円のうち、387万円には保険料がかかりません。保険料がかかる金額は、Aが1,176万円、Bが813万円です。
厚生年金では、毎月の上限が65万円、賞与の上限が1回150万円です。Aは毎月35万円ずつ、年420万円が外れます。Bは賞与のうち810万円が外れます。保険料がかかる金額は、Aが780万円、Bが390万円です。
賞与を年1回にまとめているのも、このためです。厚生年金の上限は「1回150万円」なので、回数を分けるとその分だけ対象が増えます。
月50万円+賞与600万円だと、差は6万円ほど
賞与に回せば、必ず大きく下がるわけではありません。同じ条件で「毎月50万円+賞与600万円」とすると、Aとの差は年6万円ほどでした。
賞与600万円は、健康保険の上限573万円をわずかに超えるだけです。さらに、月100万円のAも厚生年金はすでに上限に当たっています。そのため、かからない部分がAとほとんど変わりません。
賞与が573万円を超えた後は、毎月分を1万円下げて賞与に回すごとに、年約3.6万円ずつ下がっていきます。差を決めるのは、賞与に回すかどうかより、賞与が上限をどれだけ超えるかです。
なお、厚生年金の毎月の上限は、2027年9月から段階的に引き上げられ、2029年9月には75万円になる予定です。保険料が増えるのは月100万円のAだけなので、他の条件が同じなら、差は年22万円ほど広がります。
社会保険料のほかに動くもの
所得税と住民税は、年収の総額が同じなので、原則として大きくは変わりません。社会保険料の控除額が動く分、Bのほうが少し増える程度です。
一方で、裏側で減るものがあります。将来の厚生年金は、保険料計算のもとになった金額に応じて決まります。Bではこの金額がAの半分なので、その年に積み上がる年金も半分になります。病気やけがで長く休んだときの傷病手当金や出産手当金も、毎月分をもとに計算されます。賞与は含まれません。
毎月の手取りも小さくなります。住民税は毎月の給与から天引きされるため、月20万円だと手元に残る額はかなり少なくなります。
また、事前確定届出給与は、届け出たとおりに払わないと、一般にその全額が経費になりません。業績が落ちて960万円を払えなくなる場合も考えて、金額を決める必要があります。
こうした社会保険料の最適化に、否定的な税理士もいるかもしれません。私は、制度が認める範囲であれば、税金も社会保険料もできるだけ抑える提案をすべきだと考えています。ただ、これは経営の設計に踏み込む話でもあります。契約の範囲や、お客様が税理士に何を期待しているかで、提案するかどうかは変わります。この手の話が出ないからといって、良くない税理士だということにはならないとも感じています。
