子どものいない最後の一日かもしれない

出産育児

今日も雑記です。もしかすると、子どものいない夫婦として過ごす最後の一日だったのかもしれない、という日のことを書いておきます。

出産予定日というのは、一般に妊娠40週0日を基準に置いた日ですが、実際には予定日ぴったりに生まれるとは限りません。ただ、37週以降はいつ生まれてもおかしくない時期であり、多くの出産がこの期間に起こるとも言われます。

理屈としては分かっていました。病院に持っていくバッグも(妻が)まとめており、陣痛タクシーも登録済みでした。準備はしていたつもりです。

陣痛は、夜中から始まっていた

38週4日だった今日、妻に陣痛らしき間隔的な痛みが来ました。午前2時頃から10分間隔で痛みがあり、妻はそこから一睡もできないまま朝を迎えました。

朝にはいったん落ち着いていたようですが、昼過ぎからまた10分間隔で痛みが来るようになりました。一度産院に電話したところ、さらに間隔が短くなるようなら再度連絡して来院してください、とのことでした。

夫の側から見ていると、前駆陣痛らしいはっきりした兆候はあまり感じませんでした。急に始まったようにも見えます。ただ、実際には妻の体の中では、もっと前から少しずつ変化が進んでいたのだと思います。

妻は気丈で、こちらはやることが少ない

夕方になると、陣痛の間隔は8分から10分ほどになっていました。それでも妻は、端から見る限りかなり気丈に振る舞ってくれていました。マックなら食べられると言い、お風呂にも入っていました。

自分はその間にマクドナルドへ行き、ポテトとナゲットとバーガーを買って帰宅しました。書いてしまうと妙にのんきですが、当事者としては、今のうちにできることをやる、という感じでした。

本当なら、この日の夜は妻と義両親で食事に行く予定でした。しかし当然ながらそういう状態ではなく、義両親だけで行ってもらうことになりました。結果として、その食後のタイミングで車を回してもらい、こちらも病院へ向かうことができました。府中市内に義両親が住んでくれているありがたさを、こういう日に強く感じます。

病院では、夫は意外と手持ち無沙汰になる

病院に着いたのは20時過ぎでした。子宮口の開き具合を見てもらい、点滴が始まり、その後22時頃に無痛分娩の麻酔が入りました。そこから今に至るまでの時間は、濃いようでいて、やること自体はそこまで多くありませんでした。

夫側は、付き添っていても意外と手持ち無沙汰になりがちです。何か劇的に役に立てるわけでもなく、ただ側にいることしかできない時間があります。

そんな中で、普段どおり足をマッサージしてみたのは意外と良かったように思います。出産に直接どうこうという話ではないにせよ、変に特別なことをしようとするより、いつもやっていることをそのままやるほうが、少なくとも私たちには合っている気がしました。こういう場面ほど「普段どおり」でいることに意味があるのかもしれません。

子どものいない最後の日かもしれない、という感覚

今日が、子どものいない夫婦として過ごす最後の一日になるかもしれない。そう思うと、やはり少し感慨深いものがあります。

もちろん、感傷に浸っている場合でもありません。明日は、一生の中でもかなり長く感じる一日になるかもしれません。気持ちの準備も必要ですが、それ以上に体力を残しておくことが大事だと思っています。

いざその日が来ると、出産準備として語られるものの多くは、物の準備や手続の準備です。それはもちろん大事なのですが、実際には「いつもどおり食べる」「移動する」「足を揉む」「寝られるうちに寝る」といった、拍子抜けするほど普通のことのほうが、最後は効いてくる気がしています。

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