「読み聞かせは無意味」と言われても、『くんくんとかじ』は読む

出産育児

先日、行動遺伝学者の安藤寿康さんらの鼎談記事を読みました。見出しは「読み聞かせも知育玩具も子どもの知能向上には無意味」。毎日読み聞かせをしている身としては、なかなか刺さる言葉です。

ただ、本文は見出しほど言い切っていません。安藤さんが述べているのは、遺伝の影響を統制しても読み聞かせの効果は最大5パーセント、という話です。5パーセントはゼロではありません。しかも記事の後半では、親がやるべきこととして「自分が価値があると思うものは、伝わる保証がなくても断固として伝えろ」と述べています。

遺伝率という数字の読み方

記事の中で、遺伝の影響が60パーセントで読み聞かせが1パーセントなら覆せない、という趣旨のやりとりがあります。

遺伝率という数字は、「ある人の能力の6割が遺伝でできている」という意味ではなく、「ある集団の中で人と人との差がどれくらい遺伝的な違いで説明できるか」を表す数字とのことです。だから、集団が変われば数字も変わります。

身長で考えると分かりやすいと思います。身長の遺伝率は一般に8割前後と高いのですが、戦後の日本人の平均身長は数十年で大きく伸びました。栄養という環境の要因が、全員に効いたからです。集団の中の差をどれだけ遺伝で説明できるかという話と、環境を動かしたときに全体が動くかどうかという話は、別のものです。

効果を理由にすると、足元が揺れる

とはいえ、私が読み聞かせを続けたい理由は、この5パーセントではありません。

効果があるからを理由にすると、次に異なる研究結果が出たときに足元が揺れます。それに、効果を期待して続けたのに子どもが期待どおりにならなかったとき、「あれだけやったのに」という想いが出てきてしまいます。

なので、将来何をもたらすかとは無関係に、今この時間が良いからやる。これなら、今後どんな研究が出てもブレません。記事で安藤さんが言っている「価値があると思うものを伝える」も、実質は同じことを指しているように読めます。

『くんくんとかじ』のこと

読む本には、自分が子どものころに読んでもらったものを混ぜています。その筆頭が『くんくんとかじ』です。ディック・ブルーナの絵本で、訳は松岡享子さん、福音館書店から1972年に出ています。

(↑表紙のくんくんと最後のページのくんくんが可愛すぎる!)

本当は5,000字くらい語りたいのですが、他人の思い出話をその分量で読みたい人はいないと思うので、簡単に説明しますと、ある日、子犬のくんくんが焦げくさいにおいに気づき、煙の出ている家を見つけて消防署に走る。消防隊が駆けつけて火を消し、くんくんは消防犬に任命されて大歓喜という話です。

好きすぎて、その後も長く擦られ続けました。小学校や中学校になり、年相応の本を家で読んでいると、父親から「いま何を読んでいるんだ。もしかして、くんくんとかじか」と煽られる。何年越しでもネタにされる程度には、幼児期の私はこの一冊に傾倒していたようです。

効果を最大にしたいなら、もしかしたら50年以上前の本を選ぶのは合理的ではないかもしれません。今の子ども向けに作られた本のほうが、語彙も構成も洗練されている可能性はあります。それでもこの本を自分が読み聞かせたがるのは、子どものためというより、自分が楽しいとか懐かしい気分に浸れるという理由が大きいです。渡そうとしているのは語彙だとか知能だとかそういったものではなく、これが当時の俺には刺さったという記憶のほうなのだと思います。

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