漫画「聖闘士星矢」の作者である車田正美さんが代表を務める3社が、2026年9月2日、元役員の男性らを相手取り、東京地裁に損害賠償を求める訴訟を起こしました。報道によれば、被害額は2018年から2024年までで計46億8千万円あまり。うち約18億円はすでに回収済みで、残る約28億9千万円の支払いを求めています。これは原告側の主張であり、裁判所が事実を認定した段階ではありません。
手口として報じられているのは、会社名義の口座から自分の支配する会社や知人の口座へ無断で送金する方法、取引先が支払うライセンス料を、本来の管理会社とよく似た名前の別会社に振り込ませる方法などです。会見では、海外の再保険の仕組みを経由させて資金を移していたという説明もありました。
46億円が6年かけて、少しずつ抜かれています。しかも経理と対外交渉の両方を一人が握っていました。取引先が本人に直接連絡を取ろうとしても、「先生は人と会わない」と遮られていたとされています。数字を見る人と、外の情報を持ってくる人が同じだと、突き合わせる相手がいなくなります。
見つけたのは、税務調査
発覚は2024年2月ごろ、東京国税局からの指摘によるものと報じられています。会社の中の誰かが気づいたのでも、取引先が指摘したのでもありません。
しかも、調査が入っていること自体が本人に伏せられていたとされています。国税から本人宛に届いた質問状には、筆跡を真似たサインと無断で押した印鑑で作った回答書が提出されていたという説明もありました。
税務調査には、不正が明るみに出るという副作用があります
調査を受ける側にとって、税務調査はほぼ負担でしかありません。書類を揃え、質問に答え、日常業務が止まります。ただ、副産物が一つあります。社内の不正が表に出ることです。
調査官は、帳簿の数字と実際の資金の動きを突き合わせます。この支出は何に対するものか、この入金はどこへ行ったのか。目的は課税所得の把握であって不正の摘発ではありませんが、資金の行き先を一件ずつ確認していく過程で、社内では誰も疑わなかった取引の不自然さが浮かびます。長年ひた隠しにされていた横領が調査をきっかけに出てくるのは、珍しいことではありません。
被害に遭っても、税金は減らない
多くの方が意外に思うところですが、横領されて手元に現金がなくても、その分だけ税金が軽くなるわけではありません。
仮に1億円の利益が出た年に、その1億円をそっくり横領されたとします。現金は残っていません。それでも法人税の計算上は、原則として1億円の利益が残ります。税負担を3割と置けば、手元資金ゼロの状態で3千万円の納税義務が発生します。
横領された時点で、会社は犯人に対する損害賠償請求権を取得すると考えるからです。現金という資産が、返してもらう権利という資産に置き換わっただけ、という整理になります。横領による損失は損金の額に算入されますが、同額の請求権が益金となるため、差し引きは残りません。同時両建てと呼ばれる扱いで、役員や従業員による横領では、これが原則とされています(最高裁昭和43年10月17日判決)。
社外の第三者から受け取る損害賠償金であれば、実際に支払を受けた時点で収益に計上する処理も認められています(法人税基本通達2-1-43)。ただ、この通達が対象としているのは「他の者」から受け取るもので、身内による横領は、会社自身が被害を把握できる立場にあるため、この例外には乗りにくいのが実情です。
回収可能性が無ければ損金の額に算入されますが
では回収を諦めればどうなるか。回収不能が明らかになれば、貸倒損失として落とせます(法人税基本通達9-6-2)。ただし、回収の見込みがあるのに落とせば、調査で否認されます。場合によっては、横領した本人への賞与と認定されることもあります。
税負担を軽減したければ回収を諦めるしかなく、回収を目指すなら、手元にない利益に対して税金を払い続けることになります。被害者であるという事実と、税務上の取扱いについて納得感が得られません。
さらに、横領によって過去の申告に売上の計上漏れが生じていれば、修正申告と延滞税の問題も重なります。
車田さんのケースでは、約18億円が回収されています。回収できる相手だと分かってしまった以上、残りの請求権についても、即座に回収可能性が無いとまでは言い切れないのかなとみています。
