やり切れなかったことは、いつか呪いに変わる的な言説

私のこと

やり切れなかったことや思いは、40歳ごろから呪いに変わる。最近、少しそう感じています。いわゆるミドルエイジ・クライシスというものかもしれません。

抽象的すぎて伝わりにくいと思いますので、自分の例を挙げます。

パワーリフティングの心残り

私は大学でパワーリフティングを4年間続けました。大学4年の秋には関東学生大会で優勝し、その年度の体育会系優秀選手にも選ばれました。

ただ、心残りがあります。大学4年の春は公務員試験の真っ只中で、大会を欠場しました。全国大会は春にしか開催されません。そのため、全国大会への出場は大学3年の一度きりになりました。

もっとうまくやれていれば、4年の春の関東大会も全国大会も出られたのではないか。4年間しっかり向き合っていれば、全国大会で優勝できたのではないか。そんな思いが残っています。

社会人になって10数年が過ぎ、その思いも忘れていました。ところが結婚して、日常の余白に呪いが入り込んでくるような感覚がありました。あのとき、もっとうまくやれていれば。35歳ごろから、私は再びパワーリフティングを始めました。今は年に1回ほど、大会や記録会に出ています。これは、その呪いを少しずつ清算する作業だったのかもしれません。

野球部での後悔と、卒業文集

そして、もう一つ清算できていないものがあります。野球です。

中学時代は野球部でした。ピッチャーで、中学2年の新人戦と中学3年の夏に都大会へ出場しました。

しかしその後は尻すぼみでした。秋以降、私はストライクが入らなくなりました。今でいうイップスのようなものかもしれませんが、当時は原因がわかりませんでした。最後の試合まで、夏までのような力を出し切れませんでした。後悔の残る引退でした。

落ち込んでいたのは自分だけだと思っていました。ところが先日帰省したとき、中学の卒業文集を読み返しました。チーム全体が尻すぼみになったことを、多くの仲間が後悔として書き残していました。

今でも、走っても走ってもホームベースにたどり着けない夢を見ます。野球をやっていた人には、よくある夢なのかもしれません。

25年ぶりに、野球を始めようと思っている

この呪いを清算するつもり、と言っては大袈裟かもしれませんが、税理士会の支部の野球部に入ることにしました。

練習用のユニフォームは、中学の同級生から手に入れました。彼は今、高校野球の監督をしています。中学野球部のグループLINEで在庫があれば送ってほしいと伝えたところ、すぐに対応してもらいました。左利き用のグローブと、練習用のボールもいくつか用意しました。

このグループLINEは今も活発に動いています。現役生とのOB戦や、夏合宿の誘いも頻繁に流れてきます。こうしたイベントに加わる未来も、これから少しはあるのかもしれません。

清算できるかは、わからない

これで気持ちが清算できるかはわかりません。25年ぶりの野球です。思うように身体が動かないでしょう。

新しいことではなく、過去にやってきたことをもう一度やるだけです。そこに意味はないのかもしれません。それでも、何かをやりたいという情熱が消えてしまう前に、動いておきたいと思っています。

現役のころと今との差に苦しみながら、その中にひとすじの楽しみを見つけられればと思っています。

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