今年の夏に、大学2年生の夏休み的な日々をもう一度過ごしたい。最近、そんなことを考えています。ちょうど20年前ということになりますね。
なぜ2年生なのか。1年生でも3年生でもなく、2年生です。自分でも理由が気になって、大学の4年間を順番に思い返してみました。
のんびりできたのは、大学2年生の夏だけ
1年生の夏は、悶々としていました。初めて大学のテストを受けたばかりということもあり、手応えも結果もよく分からなかったからです。できたのか、できていないのか。判断がつかないまま夏に入りました。
2年生は違いました。バイトもしつつ、友人と旅行に行ったり、1人で映画を観る。そういう夏を過ごしていました。お金もそれほど使っていなかったと思います。それでも、毎日が充実していた記憶があります。
3年生になると、公務員試験の勉強が始まりました。夏も、その準備に充てていました。4年生の夏は、今度は受けた試験の結果を待つ時間でした。採用されるのかどうか、はっきりしないまま過ごしていました。
こうして並べてみると、何にも追われていなかったのは、2年生の夏だったような気がします。
あの夏が良かったのは、お金の話ではない
最初は、お金をかけずに楽しめていたことが良かったのだと思っていました。
ただ、よく考えると、それは少し違う気がします。お金を使わなかった夏は、ほかの年にもあったはずです。学生ですから、どの年もそれほど余裕はありませんでした。
違いは別のところにあります。1年生も3年生も4年生も、頭のどこかに次の評価がありました。テストの結果、試験の合否。それを待ちながら夏を過ごしていたのです。
2年生の夏だけ、待っているものが何もありませんでした。だから軽かったのだと感じています。当時は、その軽さを当たり前だと思っていました。失って初めて、何が良かったのかが分かった気がします。
今は、どの季節にも結果が待っている
国税職員を辞めて独立し、今は税理士として1年目を過ごしています。
独立してからわかったことがあります。今は、どの季節にも締め切りや結果がついて回ります。確定申告の時期があり、決算があり、税務調査の連絡が入ることもあります。一つ終わっても、すぐ次が控えています。
国税職員だった頃は、結果を判断する側にいました。今は、その結果が自分に返ってくる立場です。同じ仕事の周辺にいても、感じ方はずいぶん変わりました。
子どもも生まれました。夏に長い旅行へ、と簡単にはいきません。大学2年生の夏は、当時よりもずっと遠いところにあります。
再現したいのは、何も待っていない時間
ですから「再現したい」と言っても、当時と同じ旅行や同じ映画を、という意味ではありません。同じことをしても、たぶんあの感覚は戻ってきません。
やってみたいのは、夏の終わりに結果待ちを置かないことです。合否も、締め切りも、判定も控えていない数日を、意識して作ってみる。予定を詰め込まず、結果の出る用事を入れない。それくらいなら、今の生活の中でも工夫できるかもしれません。
お金をいくら使うかは、たぶん関係ありません。あの夏に戻りたいというより、何も待っていない時間を、もう一度持ってみたい。そんな感じなのかと思います。

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